ネットワーク化の人間像を更新する――バラバシ『Bursts』

Bursts: The Hidden Pattern Behind Everything We Do

Bursts: The Hidden Pattern Behind Everything We Do

アルバート=ラズロ・バラバシの新刊『バースト』(Bursts)を読んだ。一言で言うと、一見するとランダムで自律的に見える人間の行動や様々な現象はすべて予測可能なのではないかという仮説を検証する本。タイトルの「バースト」は、何らかの行為や行動の束が集中して「爆発的」に生じる状態のことを指している。例えば、メールを集中して返信すること、twitterでつぶやきを連投すること、アニメをマラソン視聴すること、他にも諸々のタスクをこなすこと、etc...こうした"bursty"な一連の行動の背後に一定のパターンやアルゴリズムを抽出することができるのではないか、と著者は指摘する。その鍵は「ベキ乗則」(Power Laws)に基づくタスク管理(TO DOリストの最優先事項を決定し、実行するプロセス)が時間姓を支配しているという仮説、そして様々なデータマイニングによって人間の行動やモビリティ(mobility)を「ほぼ完全に」パターン化することができるという仮説。「運命のサイコロのことなんて忘れろ。人間をオートパイロットで動く「夢見る機械」だと考えてみるんだ」――こうした発想を元に現代のネットワーク下の環境、また同時多発テロ以後の監視社会下における人間像の更新を模索する試みとでも要約できるかもしれない。

一つの仕掛けとして、本書自体もまたパターン性とランダム性を共存させる形で構成されていることに気づく。全28章のうちの偶数章はレオ10世の教皇即位にはじまり、その後、16世紀のハンガリーを舞台とする十字軍と、Gyorgy Dozsaなる人物が率いた民衆反乱の歴史を延々と記述している。他方で、奇数章では予測可能性を巡る様々なエピソードが一見するとランダムに見える形で紹介される。その一部を抜粋してみても、WheresGeorge.comによるドル紙幣の流通調査プロジェクト、アインシュタインブラウン運動理論と不規則運動の法則、ポアソン分布と確率論(この辺りは勉強不足でよく分からなかったけど)、メールの通信ログや携帯電話の通話記録の分析、バラバシが作った架空の監視企業LifeLinear.comの話、そしてバラバシ自身が「バースト」のアイデアを思いついた経緯など多岐に渡る。相変わらずこうした各エピソードや談話の使い方は抜群にうまい。一番面白かったのは、『ハリー・ポッター』の新刊発売日には病院がヒマになるという例で、「ハリポタ発売→読書のため家にこもる→交通事故などの発生確率が低下、もしくは病院に行くという選択肢の優先度が低下→病院がヒマになる」というなるほど納得できる事例が紹介されていた。「風が吹けば桶屋が儲かる」式のバタフライ効果もまた定量化されれば一つのパターンとして抽出することが可能ということだろう。

とは言いつつも、正直、前著の『新ネットワーク思考』(Linked)と比べると物足りない感覚は否定できない。その理由は主に二つで、?大方の読者は16世紀のハンガリー史を記述した偶数章に意味を見出せないこと(これは池田信夫氏もブログで指摘している*1)、?「バースト」が起こる条件や法則についての新しい知見はほとんど提示されず、豊富な例を用いた現在までの状況整理に終わっていること。事実、Amazon.comのカスタマー・レビューでも評判は散々なもので、現時点で28件あるレビューの平均値は2.5〜3と、辛口の評価が目立つ*2。目下、日本語版への翻訳作業が進んでいるらしいが、この本が日本国内で「バースト」現象をもたらすためにはよっぽどの工夫が必要になるだろう(タイトルを『ばーすと!』にするとか)。 まあ確かにバラバシは本書で人間の行動を予測する確固たる方程式やアルゴリズムの存在を科学的に発見できたわけではない。しかしそれでも、「バースト」というアイデアは彼がかつて提唱した「スケールフリーモデル」のように様々な応用可能性があるコンセプトであることは確かだろう。偶数章のハンガリー史パートは明らかに評判が悪いが、見方を変えればこれはバラバシのモデルをネットワーク論を用いた新しい歴史記述のようなものに応用可能ということかもしれない。

自分がこの本を読み始めたきっかけ=最初の「バースト」(?)は、本書が『思想地図β』の必読文献だという噂を聞いたことだったのだが、広告によると第二部の「パターノミクスの現在」がネットワーク論や複雑系の話が中心になるみたいなので、精緻な議論はそちらに期待したい。