ロマン派研究「入門」の最前線

Romanticism (Introductions to British Literature and Culture)

Romanticism (Introductions to British Literature and Culture)

Introduction
これは昨今のロマン派入門書に共通する特徴であるが、この著書もまた旧態依然たるロマン主義の神話に警鐘を鳴らし、そしてロマン主義をいかに(再)定義することが可能かという視点から始まる。イントロダクションで紹介されているロマン派研究のパースペクティヴを概観するだけでも、いかに昨今のロマン派研究がハイブリッドな方向へと拡散しているかが分かる。フランス革命からナポレオン戦争へと至る政治的な視点、その間に大きく発展した国民意識と文学との関係、ワーズワスを代表とするマスキュリン・ロマンティシズムとフェミニン・ロマンティシズムなどの峻別などなど。また、六人の代表的なロマン派詩人にのみ焦点を合わせる旧来の研究では、ロマン派研究=英詩の研究という色彩が強固であったが、近年ではロマン主義期の演劇、女性作家の手による文学作品、ゴシック小説などに関心が集まりつつあるとのこと。

最後に著者は、1924年に概念史派の始祖であるアーサー・ラブジョイが“Romanticism”ではなく“Romanticisms”という複数形の用語を使うべきだと指摘していたことを挙げ、この本もまた複数のロマン主義を多角的な視点から照射する結果をもたらすことを期待する(6)。以下、項目とメモを羅列。

1. Historical, Cultural and Intellectual Context
Politics and Economics: 権利に関する新しい言語―人権、女性の権利、奴隷の権利、動物の権利―の誕生について。アメリカ独立革命フランス革命奴隷制廃止運動、ナポレオン戦争による国民意識の成立。アダム・スミスマルサス、諸々の法律の制定と暴動。

Philosophy and Religion: ロック、ヒューム、ハートリー、カントなどの思想とロマン主義の影響関係、及び汎神論(初期のワーズワスやコールリッジ)、理神論(トマス・ペイン)、無神論シェリー)、ユニテリアン(ゴドウィン)、メソジスト(ウェスレー)について。また、アイルランドスコットランドウェールズ各地の宗教事情、ゴードン暴動やディセンターについて。

Science and Technology: 化学の分野ではハンフリー・デイヴィー、ジョゼフ・プリーストリー、ジョン・ダルトンらによる様々な発見。エラズマス・ダーウィン、ワット、ウェッジウッドなどの面々によって設立された月光協会の周辺。ロンドンへと視線を移せば王立協会とジョゼフ・バンクスのコレクション。『フランケンシュタイン』へと通ずる電気、死体解剖、死者蘇生について。さらには“vitality debate”と称される、生命は肉体に宿るのか魂に宿るのかという根源的な問いをめぐる論争も言及されている。

この項は情報量が多く、従来のイギリス文学史には絶対に登場しないであろう人物名や出来事が数多く紹介されている。やはり気になるのは、当時の科学技術関連の言説が国家/家庭の政治学の領域へと錯綜しつつも繋がっていく点。例えば、リンネの仕事によって植物に「性」があることが発見されると、その結果、女性による植物研究&観察が不適当なものとみなされた例。また共和主義者であるかなどの政治的立場、また唯物論者であると非難されることへの不安など科学者を取り巻く様々な制約も気になる。

Arts and Culture: 絵画(ターナーとコンスタブルを中心)から、版画、諷刺画、音楽、演劇、新聞までを粗描。ピクチャレスクやサブライムなどの美学にも簡単に言及。後半は旅行記や探検記の流行とオリエンタリズムや異人について。

必要最低限でまとめたという感じで、この項は少し物足りない。やはりパノラマ、ジオラマ、その他数々の光学器具が言及されないのは仕方ないのか・・・。

2. Literature in the Romantic Period
Major Genres: バラッド、ソネット、会話詩、オード、風刺詩、歌曲、散文、小説、政治書、ドラマなどのジャンルに分けて概説。採り上げられている作品は『リリカル・バラッド』、シャーロット・スミスのソネット、『無垢と経験の歌』、『フランケンシュタイン』と『ケイレブ・ウィリアムズ』(Psychological thrillers)、オースティンの小説(The novel of manners)などなど。

演劇は研究対象として今後期待される分野だろう。ロマン派の詩人ワーズワスもコールリッジもシェリーも演劇を執筆しており、クローゼット・ドラマなどもこの「ロマン派的な」演劇に含まれる可能性がある。この本がオススメとのこと。

Broadview Anthology of Romantic Drama (Broadview Anthologies of English Literature)

Broadview Anthology of Romantic Drama (Broadview Anthologies of English Literature)

Movements and Literary Groups: ブルーストッキング、“Della Cruscans”、Anna Barbauldにとってのアカデミーとロンドン・サークル、英国ジャコバン派、湖水詩人(“Lakers”)、コックニー詩派、“Labouring-Class Poets”。

最後の“Labouring-Class Poets”に関してはコチラのサイト<http://human.ntu.ac.uk/research/labouringclasswriters/>に詳しい。

3. Critical Approaches
Historical Overview: 伝統的なロマン主義の定義、コールリッジやシェリーの想像力論、ピーコックによるアンチ、その他ヴィクトリア朝からモダニズムを経由して現代批評へと至るロマン派の受容について。

批評の方はそれほど代わり映えしない内容だが、(日本のロマン派研究ではあまり人気のない)新歴史主義に割と紙幅が割かれている。意外にもエコクリティシズムに冠する言及は皆無。