グランド・ツアー再訪2010
「グランド・ツアー」とは、18世紀英国の上流階級の子弟たちが大学卒業から就学の間に通過儀礼として体験したヨーロッパ大陸への修学旅行のことを指す。その目的はヨーロッパの文化や芸術を体験することで貴族/紳士としての礼儀作法を身につけること、語学力の向上、人脈上のコネづくり、本国を離れての放蕩(?)など多岐に及ぶ。
18世紀に出版されたグランド・ツアーのガイドブックの中で最も著名なものは、トマス・ニュージェント(Thomas Nugent)によって執筆された『グランド・ツアー』(1749年)。また、文学者だとジェームズ・ボズウェル(James Boswell)のBoswell on the Grand Tourシリーズが有名。
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第一章「人」はイタリア人表象のイメージ、現地のサロンという文芸的公共圏、そこで活躍した人々(特に女性画家や女流作家)、「チチスベイ」や「カストラート」といったイタリア的キャラクター、最後にヴェネツィアのスペクタクル社会を丁寧に描き出す。
第ニ章「自然」。ピクチャレスクや崇高といった定番の解説よりも、「記憶喪失」の風景、「健忘症の風景画」が興味深い。過去の神話=記憶にアクセスすることのない風景は写真に近い印象。言わば建築物版の静物画。火山観察スケッチに見られる「科学的なまなざし」ついての考察は、桑島秀樹『崇高の美学』で検証されていた「地質学的崇高」とリンクしている(巻末の参考文献にも同著が挙げられている)。
第三章「遺跡」の見所は、ギリシアVS.ローマを賭けたヴィンケルマンVS.ピラネージの論争。純粋単色のはずのギリシア建築が実は多彩色だったのでは、という問いは興味深い。
第四章「美術」はローマとイタリアを中心としたイタリア美術史とグランドツアーの接点をさぐる。肖像画家バトーニ、パンニーニの「ヴェドゥータ」、カナレットのヴェネツィア画、ピアツェッタの仕事が国境を超えて評価された背景に文芸的公共圏の人的交流があった。