アナムネーシスの空間

想起の空間―文化的記憶の形態と変遷

想起の空間―文化的記憶の形態と変遷


メディア研究などの分野でドイツがかなり先端的なことをやっているのは耳にしているが、このアライダ・アスマンの『想起の空間』もその流れに先鞭をつける代表作に値するのだろう。

本書『想起の空間』は古代の記憶術やシェイクスピア史劇から現代インスタレーションやデジタルメディアまでを包括した壮大な記憶と想起の研究である。第一部の「機能」編で視点を従来の記憶術研究から「想起」へとシフトさせ、シェイクスピア史劇が国民に要求する想起の精神、ロックやヒュームのイギリス経験論からワーズワスにいたる想起の系譜、さらにはフーゴー、ハイネ、E.M.フォースターそれぞれの「記憶の箱」など、多彩な実例が分析される。「住まわれた記憶」としての集合的記憶及び、歴史としての蓄積的記憶の区別を定義する第六章が要か。

第二部の「メディア」は想起が行われるためのメディアを「文字」、「イメージ」、「身体」、「場所」に分類して分析。本書全体を通してこの四章と五章がピークだと思われ、ドイツの記憶研究が避けて通ることのできないアウシュヴィッツもここに含まれている。第三部の「蓄積装置」はアーカイヴ論。現代芸術家の名前が並び、珍しい例だとユネスコの「世界の記憶」プロジェクトなども紹介されている。

記憶研究の流行からは目を逸らすわけにはいかない。ピエール・ノラの『記憶の場』プロジェクトやサイモン・シャーマの『風景と記憶』をはじめとする研究はすでに翻訳されているし、国内に目を転じてみても靖国や沖縄を筆頭に記憶/記録/モニュメントの洗い直しがすでに一定の成果を出しているなど、文化的記憶や集団的記憶がこれほど研究対象にされた時代はかつてなかったはずだ。