Et in Arcadia ego


風景の本と言うよりは旅の本。十八〜十九世紀英国におけるツーリズム文化をグランド・ツアー、ピクチャレスク・ツアー、ペデストリアン・ツアー(徒歩旅行)、都市放浪の順に紹介していく。 言わずと知れたグランド・ツアーの項では、英国人が主にイタリアに築き上げた古美術品流通のネットワークに絡んだ人々について概説し、彼等がアルカディアに寄せた心象を辿る。知らない人物多し。 ピクチャレスク・ツアーではトマス・ウェストの旅行記が一大ブームの一翼を担った湖水地方への旅行やその他ワイ川流域、スコットランドへの旅などを経て、ウィリアム・ギルピンの活躍とその風刺から風景庭園の話題まで。

徒歩旅行も絵画美の流行と密接な関係にある。初期近代の英国においては徒歩で放浪するという人間は社会的なアウトローとして取り締まりの対象になった。しかし、風景への関心の増加に伴い、歩くこと自体が肯定的な行為、人々に風景の探索や観賞を促す振る舞いへと変わっていく。その先にあるのが、歩くこと=創作の源泉というロマン派的な放浪感。 著作中にジョン・スチュワートという興味深い人物が紹介されていたが、ウォーキング(Walking)・スチュワートという異名を持つこの人物は世界一周旅行を企てて、インドから英国まで徒歩で(!)歩ききったという。その後アメリカ大陸を徒歩で歩き回り、英国ではワーズワスとも接触している。

都市(特にロンドン)探索で興味深かったのはロバート・サウジーの『イングランド通信』。わざわざスペイン人旅行者の視点を借りて当時の英国社会を描き出したものらしく、松村昌家(編)『19世紀初頭ロンドン・イギリス漫遊探訪記』(Eureka Press, 2005)の中に訳出されている。